
ごく近い将来、クルマの運転にキーは不要となるかもしれない…。
2000年夏に登場したトヨタ自動車のフラッグシップカー・3代目セルシオ。
同車に日本で初めて搭載された次世代型キーシステムは、そんな未来への予感を感じさせる画期的な技術だった。
その名はスマートキーシステム。
オーナーがスマートキー(携帯キー)を身につけた状態でドアハンドルを握るだけでドアロックが解除される。
電波を利用して、スマートキーと車両側の発信機が情報をやり取りし、所有者ID と照合できればドアロックを解除するしくみである。
さらにドアの施錠やエンジン始動、トランクオープンもキーを出さずに行える。
この分野では、ベンツをはじめとする欧州勢が先行しており、トヨタ自動車はもちろん、当社を含む部品メーカーとしても、欧州勢に遅れを取るわけにはいかない状態だった。
スマートキーシステム
スマートキーを携帯したオーナーが半径1m 程度までに近づくと、自動的にID を照合し、ドアハンドルに手を触れる動作でドアロックを解除する。
97年秋、こうしてトヨタ自動車、デンソー、東海理化と当社の4社が共同して次世代型キーシステムに向けた開発に取り組むことになった。
当社が関わったのは、キー技術となるドア発信機、ドアハンドル内蔵アンテナ、トランク外発信機およびそのアンテナの開発だった。
このシステムにおけるロック機能は車両の防犯上、誤作動や故障は許されず、製品として高い信頼性が要求される。
当社は96年、スマートキーシステムに先駆けて「パッシブエントリーシステム」を試作し、完成車メーカーに提案した。
そのしくみはオーナーがドアハンドルに触れた時点で照合を行い、ロックを解除するというもの。
従来からあるキーレスエントリーでは車外の離れた場所からオーナーが自らボタンを押すなどの操作をしなければならないが、その点で当社のパッシブエントリーは一歩進んだキーシステムになっていた。
新しいスマートキーシステムは、パッシブエントリーの技術を、さらに進化させようというものだった。
ドアハンドルにアンテナを内蔵して、オーナーが車両に近づいた時点で照合を終えておき、ドアハンドルに触れると瞬時にロックを解除しようというのだ。
当社が関わった部品
開発のキーポイントとなったのは、オーナーがドアを開けようとする意志を感知するセンサーと、一定の範囲に確実に電波を発信できるアンテナの開発だった。
センサー開発担当の電子系技術部メンバーが突破口を見つけられずにいるのを見て、上司がふと思い出したように言った。
「昔、君が静電容量を利用したアイデアを提案したことがあったよな。あれが活用できるんじゃないか?」
たとえば、ラジオを聴いていて、アンテナに手を触れたり、人が近づいてきたりすると感度が変わることがある。これはアンテナの静電容量が変化するためだ。
上司のヒントは、誰もが体験的に知っているこの現象を、応用できないかということ。
実際15年ほど前、このメカニズムを生かして、パワーウィンド用「挟み込み防止センサー」の試作品をつくったことがあった。
「そうか、あのアイデアを生かせるかもしれない」
人が物に触れるとき変化する静電容量を検出する、名付けて「人センサー」。
オーナーがドアを開けようとする時には、必ずドアハンドルに手をかける。
その静電容量の変化を利用するのである。
うまくいけば今度こそ、実用化できそうだー。
静電容量
電気を貯める能力。電気容量、またはキャパシタンスともいう。人体にも静電容量は存在する。
だが、問題はそう簡単ではなかった。
ドアハンドルが雨や水に濡れたとき、あるいは触れる人の体質、握り方の強さ、手袋の有無、天候などによっても静電容量は変化する。
開発するには条件によって変わる静電容量差を正確に知る必要があった。
そのために行ったのがモニター評価だった。
静電容量は体格や体質によっても微妙に個人差が生じてくる。
そこで体脂肪率の違う30人近くの人に参加してもらい、各自の静電容量の差を計測したのである。
また、評価はなるべく自然に近い条件で行わなくてはいけない。
開発担当者は雨が降り出すと、あわててドアハンドルを搭載したドアパネルを屋外に持ち出し、データ取りを行うという地道な努力を続けて、ようやく「人センサー」は実用化のめどがついた。