トヨタが二十数年ぶりに手がけるターボエンジン用ピストン トヨタが二十数年ぶりに手がけるターボエンジン用ピストン

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エンジン用ピストン開発物語 エンジン用ピストン開発物語
ダウンサイジングエンジン

7大性能のすべてにおいて競合に負けないピストンを 7大性能のすべてにおいて競合に負けないピストンを

“ダウンサイジング”エンジン。
ターボチャージャーやスーパーチャージャーなどの過給機を使うことによって排気量を小型化し、従来と同等の出力を確保しながら、年々厳しくなる排ガス規制への対応、燃費を向上させるエンジンの設計コンセプトを意味する。
その概念自体は決して新しいものではなかったが、2000年代の半ばからフォルクスワーゲンがゴルフにそのコンセプトを盛り込んだTSIエンジンを採用したことをきっかけに、欧州メーカーでは一気にエンジンのダウンサイジング化が進む。

一方で日本の自動車メーカーはいずれもその流れに対し遅れをとっていた。
そうした中でトヨタは二十数年ぶりにターボエンジンの開発に着手することを決意。
2012年、アート金属工業にターボエンジン用ピストンの開発依頼が舞い込んだ。

そもそもピストンは内燃機関においてもっとも重要とされる基幹部品である。
そして大きく7つの性能が求められる。

「1に出力とトルク、2が燃費、3に排気、4に信頼性、5にNV(騒音振動)、6にコスト、そして7つめが質量だ
出力や燃費などのカタログに記載される数値や申請が必要な排ガス性能が重視されることは言うまでもない。
あらゆる面においてミクロン単位での精度の高さが求められ、もしピストンが10グラム重くなれば周辺のすべてのパーツに影響を与え、最終的にエンジンはキロ単位で重くなってしまう」というほどだ。

エンジン開発は一般的に、開発初期段階を含めるとトータルで約5年、実質的にも約3年を要する一大プロジェクトだ。
もちろん当初はまだ搭載予定の車種は公開されておらず、目標出力だけが定められている。

ダウンサイジングエンジン

ディーゼルエンジンで培った異素材結合技術の活用 ディーゼルエンジンで培った異素材結合技術の活用

「排気量1998cc、直列4気筒ターボチャージャーエンジン用で、当初の目標出力は175kW(238PS)。
出力のみでなく、これら7大性能すべての面において、競合を勝っていることが求められた」

従来品にはなかった高い圧力や熱負荷にも耐えるピストンが必要だった。
そうした状況下で開発チームが導き出した答えは、アルミ合金で鋳造されるピストンの中に、耐摩環(ニレジスト鋳鉄)を鋳込むことだった。
「アルミ合金に異素材を鋳込む技術はディーゼルエンジンで培ってきたものだった。
これまでガソリンエンジンで使用したことはなかったが、先の7大性能のすべてでトップを目指すためにはどうしても必要な技術だった」

アルミに鉄を加えれば、当然重量は重くなる。
ピストンは燃焼室内で往復摺動運動を行う部品だ。
しかもエンジン回転数は、ガソリンの場合ディーゼルよりもはるかに高い毎分約6000回転以上にまで到達する。
ピストンのわずかな重量増はまわりのすべての部品に大きな影響を与える。

できるだけピストンを軽くしたいと考えた設計担当者は、通称“肉盗み”という、性能に影響がでない範囲で可能な限り無駄な贅肉を省く設計図を描いた。

からくりの技術を活かし7分割の金型で複雑形状を実現 からくりの技術を活かし7分割の金型で複雑形状を実現

一方でその図面は見た生産技術担当は、これは従来の発想では実現できないという課題に直面する。
新たな設備を導入すれば実現可能だが、それではもちろんコストに跳ね返る。

そもそも鋳造機は上下、そして左右にしか抜けず、斜めには抜けない。
構造的に影にあたる部分を従来のやり方で型から抜くのは物理的に不可能だ。
そこで思いついたのが“からくり”人形のような仕組みの更なる進化であった。

「これまで培ってきたからくりの技術を用いて金型を7つにまで分割し、例えば下に10mm動けば、連動して斜めにも動くような型を作りあげることで複雑な形状を鋳抜けるようにした。
さらにその構造と精度を向上させることで、従来使っていた設備の仕様を変えることなく実現することができた」

課題はこれだけではなかった。
このピストンヘッドには特徴的な三日月型の直立した壁が設けられている。
インジェクターが噴射した燃料がこの壁に当たることで最適な燃焼状態を図るものだ。
この壁をゼロ度(90度直角)にすることによって目標性能を達成している。

「これも従来のやり方では生産できない。
抜け勾配が最低5度ないと、生産過程で壁をかじって傷つけてしまう。
しかし、そのわずか5度の勾配のあるなしが排気性能に大きく関わるということが、何度もシミュレーションし試作を重ねた上で判明した。
最高の性能を目指し、やはりゼロ度にこだわろうということになった」

「もちろん後工程で加工するという手段もなくはないが、そのためにさらにマシニングセンターが新たに3台以上も必要になる。
コストも嵩み、生産性も落ちてしまう」

そこで活きたのが先の“からくり”の技術だった。
ここでもシリンダー鋳造機をいっさい変更することなく、金型の変更だけで難問をクリアすることに成功した。

複雑形状 複雑形状

レクサスNXへ初搭載次なる+5kWへの挑戦 レクサスNXへ初搭載次なる+5kWへの挑戦

エンジン開発の初期段階においてボア径や燃焼室の形状などが変更されるのは珍しいことではない。
それに伴いピストンも幾度も設計変更を余儀なくされる。
開発が本格的にスタートしてから約36ヶ月後、ようやく性能目標をクリアしラインオフにこぎつけた。
このピストンを採用した8AR-FTSエンジンは、2014年7月に発売されたレクサスNXに、新開発のターボエンジンとして搭載された。
ちょうどその頃トヨタから「あと5kW出力を高めたい」というオーダーがきた。
それは、のちの他のレクサスモデルへの展開などを見込んでのものだった。

ある開発メンバーは「正直に言うと、これ以上どうすればいいのかと思った」と話す。
当初の出力目標値である175kW(238PS)は見事に達成。
次の課題はこれにプラス5kWの180kW(245PS)にするというものだった。

「現状のピストンでもその出力には十分耐えられるが、求められる設計クライテリア(基準)をクリアすることはできない。
一番手っ取り早いのはピストンの肉を厚くするなど形状変更をして強度をあげることだが、それでは重くなってしまう。
アルミ合金そのものの配合を変えて強度を高める手もなくはないが、限られた開発期間のなかでひと筋縄でいくものではなかった。
また最終段階で、肉厚を変更したり材料変更となると性能評価もゼロからの再スタートになってしまう」