●サイズ・重さ・コスト…全てを2分の1に

 アイシン精機のABS開発は1970年代初めまでさかのぼる。初代はバキューム式(空圧式)ABS、その後80年代に入って油圧式ABS、現在の主流である制御ユニット一体型四輪ABSへと進化を遂げ、主にトヨタ自動車など国内自動車メーカー向けにABSを量産してきた。

 安全性能へのニーズが高まるとともに、かつては特別装備であったABSを標準装備する車種が増え、需要は拡大。それにともない、他の部品メーカーとの競争が激化していった。80年代後半から90年代半ばまでは、2年に1度の頻度で各社が新製品を投入するという“戦国時代”が続いていた。
 そのような状況のなか、トヨタ自動車はABSを全車に標準装備する計画を打ち出す。93年から94年にかけてのことだった。

 この動きに敏感に反応したのが当社の走行系技術部だった。
 「この好機をどう捉え、事業化につなげていくか」
 度重なる検討会が開かれた。集まったのは、90年代初めからABS開発に関わってきた面々。走行系技術部長・大野はじめ、制御ロジック担当の寺澤、位田、ACT設計を統括する柴田、松川、担当の奥谷、ECU開発の斉藤、電磁弁開発の斎藤(忠)らであった。
 「全車標準装備となるとコスト競争になるのは目に見えている」
 「しかし、需要拡大が明らかな以上、指をくわえてみていることはない」
 「我々にはこれまで培った技術がある。ライバルに負けない最高のABSをつくれば、勝機は見えてくるはずだ」

 こうして、「世界最小・最軽量、性能で世界No.1のECU一体型ABSを開発する、しかも低コストで」という方針が決まった。
 目標は従来品と比べて、サイズ、重さ、コスト全てを“2分の1”にすること。そうすれば世界での競争力が高まるし、市場にとっても大きなインパクトとなる。
 「全てを2分の1に!」が全開発部門の合言葉となった。

 そのためには、要所で世界初の技術が必要であり、製品化のための壁は高い。それをなんとしても乗り越え、「AISINを代表するABSとして、21世紀に向け勝利(Victory)をめざす」、そんな決意を込めて、開発品は「A21V(後にGA21と改名)」と命名された。
 96年11月。新たな目標に向けた開発が動き始めた。

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