●優れた技術に国境なし。北米市場へ

 当社のVVTはルノー、ダイハツ工業、ボルボ、BMWと欧州中心に順調に実績を伸ばしていた。プレゼンをすると、どこのメーカーも興味を示した。ところが米国ビッグ3は例外で、とくに動きを見せることはなかった。そんななか、何とか米国でも一花咲かせようと、現地法人アイシン・ワールド・コープ・オブ・アメリカ(AWA)へ赴任中の荒木は、地道に営業活動を続けていた。
 1999年秋、その北米で動きがあった。GMの新型V6エンジン向けVVT、OCVのコンペに声をかけられたのである。VVTメーカーは当社を含め世界で9社だが、コンペにはその全社が参加。受注できれば世界市場で将来は年間400万個規模の大きなビジネスになるだろうし、競合メーカーに対してVVTのアイシンという強力なイメージを植え付けることもできる。
 「絶対、取る!」
 帰任まで残すところ半年となっていた荒木は、俄然気合が入った。

 GMの本社もAWAと同じくミシガン州にある。日常の折衝の場はAWAからクルマで数分の距離にあるGM関連会社のオフィスで行われた。
 10月、すでに初回の価格提示を終え、技術面や現地での量産支援体制など突っ込んだ議論がなされた。その席で荒木がGM担当者に軽く冗談めかして言った。「日米の時差を利用して24時間体制でプロジェクトを支援しますから」と。
 文字通り、冗談半分だった。
 あるとき、GM社内で荒木が交渉し、いったんAWA事務所に戻ると、夕方電話で「仕様変更がある」と再び呼び出された。近距離ということにも助けられ、すぐに出向いて変更内容を聞き取った。再びAWAに戻り、夜、日本に連絡。日本側では仕様変更に対応し、米国時間の翌朝までに回答を出した。
 GM側にしてみれば、こんなにありがたいことはなかったろう。夕方に指示を出せば翌朝にはちゃんと対応ができているのだから。
 「日米24時間体制」が冗談ではなく、現実になったのだった。

 価格、仕様、量産体制…。各交渉ではBMWでの品質確保、低コスト開発の経験とノウハウがここで生きた。11月下旬、GMの要求品質を満足した上で互いに納得できる量産価格が提示できた。そして、12月半ば、GMから量産化受注決定の連絡が届いた。
 念願の受注。荒木の米国赴任の期限が切れる直前に、北米での当社VVTの第一歩を踏み出したのだ。

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