●トルクアシスト機構でBMWを攻略

 ルノーでの納入実績をつくったとはいえ、やはりまだ欧州での実績は少ない。そこでルノーでの設計業務の合間をぬって開発陣はアイシン・ヨーロッパのメンバーと自動車メーカー詣でを続けていた。
 感触があったのはドイツ・ミュンヘンのBMW本社だった。最初こそ門前払いだったものの、3度目の訪問でようやくベーン型VVTのプレゼンにこぎつけたのである。
 何回かの交渉の後、現地の部品メーカー数社とともにさらに具体的な技術提案を出すよう依頼があった。従来の歯車型VVTと比べ、低コストで応答性にも優れているベーン型の特性が認められたおかげだった。
 上々の結果である。ところが、そこからが大変だった。
 「VVTを排気側にもつけてほしい」
 というのがBMWの要求だったからだ。
 「これまでどのメーカーも吸気側しかつけていません。排気側につけるというのは、きわめて難しい」
 と反論するが、BMWからの要求は変わらなかった。
 技術的には、エキゾーストカムシャフトのコントロールに使えるように、初期位相が最進角となるようにしてほしいという要求だった。ところが、VVTというのは油圧によってピストンの位置とバルブの開閉タイミングを変えるものであり、油圧がなければバルブの開閉が最も遅いタイミングの位置(最遅角)で止まってしまうものである。それを油圧ゼロの時でも反対の位置、つまり最進角へ持っていけというのだ。
 「水は高い所から低い所へ流れるものだけど、BMWの要求は逆にしろといっているのと同じだな」

 江口は悩んだ。常識的なアイデアはいくつも浮かぶのだが、どれもコストが上がったり、応答速度が損なわれたりするものばかり。ベーン型VVTの特長を弱めるものばかりだった。
 煩悶を繰り返していた時、ふと、ひらめいたのは逆転の発想だった。
 ベーン型は機械的な摩擦力が低いため、油圧ゼロの時にはハウジング内で勝手な移動(ばたつき)を繰り返すが、これを予防するためにロック機構を設けていた。これが利用できないかと考えたのだ。
 少し進角方向へ力を与え、今までやっかいだと思っていたばたつきを利用し、従来とは反対の最進角の位置でロック機構を設ければうまくいくのではないかというアイデアだった。
 江口からのファックスを受け、日本で同じ問題を考えていた機関技術部動弁潤滑グループもそれに気づいていた。
 それから一週間後、BMWから依頼のあった1カ月後には計画図を提出することができた。これが、ねじりばね(トーションスプリング)を組み合わせた「トルクアシスト機構 だった。
 結局、BMWの要求を達成することができたのは当社だけだった。
 とは言え、あくまでアイデアレベルである。すぐさまエンジン改造と試作品の作成を行い、通常3カ月かかるところを2週間という早業で完成させた。
 試験当日、はやる心と不安を抱えながら起動スイッチをオン。カタカタとばたつく音がした後、訪れたのは静寂――。最進角の状態でロックが作動した瞬間だった。
 待ちに待った、競合製品に対して圧倒的な優位性を持つVVTがこうして生まれたのだった。
 だが、休む暇はなかった。本当の開発はそこからだった。

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