●コンペ敗退をばねに、世界市場をめざそう!

 「どうだった」
 「ダメだ。負けた」
 「またか…」
 こんなシーンを何度繰り返したことだろう。動弁チームが開発した歯車型VVTは1991年、トヨタ・カローラ/レビンに採用されたものの、その後はことごとくコンペで負け続けていた。

 VVT には、斜めに溝が入った歯車状の「歯車型」とハウジング内部に入れた羽根をオイルで制御する「ベーン(羽根)型」があり、90年代半ばまで歯車型が主流だった。しかし、高い加工精度が要求され、生産コスト、耐久性、サイズなどの面で問題があったため、当社は86年から歯車型の弱点を解消するシンプルな構造を持つベーン型VVTの開発に着手した。
 ベーン型は世界でも実用化した例がなく、技術的に未知な部分が数多くあったため、開発は試作段階まで進んだが、歯車型なみの性能に達することができず、製品化には至らなかった。そのため機関系技術部では、ベーン型の開発をいったん保留し、当時の主流であった歯車型を開発した。ところが、その歯車型VVTが連戦連敗だったのだ。

 95年初夏、機関系技術部課長・青木は選択を迫られていた。
 「なぜ、勝てないかといえば、他と同じような機構で製品の優位性に乏しいからだ。もう方針を変えるしかない」
 すなわち封印していたベーン型VVTの開発である。青木は続けた。
 「悩んでいても仕方ない。最後のチャンスだと思って、とにかくアイデアが出たら試作品を作って評価してみよう」。
 青木以下、機関系技術部係長の江口ら6人編成での開発が始まった。目標はトヨタの直列6気筒エンジンに向けた提案。約2カ月間という短期間であったが、なんとか性能とコストをクリア。自信を持ってコンペに臨んだ。

 ところが、ここでも勝利の女神は微笑んでくれなかった。性能やコストではほぼ同レベルだったものの、指名先は競合の他社であった。
 「この技術が日の目を見ることはないのか…」
 メンバーに落胆の色は隠せなかった。

 意気消沈するメンバーを励ましたのは機関系技術部長の大見だった。
 「諦めることはない。トヨタがダメでも世界中どこでも自動車メーカーがある。市場は世界だ。欧州でもう一度、挑戦してみようや!」
 それが出発点だった。
 95年11月、英文資料を抱えた大見と江口が欧州に飛んだ。現地営業、海外営業にも協力をあおぎ、あらゆる自動車メーカーに足を運んだ。しかし、欧州では “AISIN”の知名度はまだ低く、すぐに商談になるメーカーはなかなか現れない。
 結局、興味を示したのはルノーのレース関係を担当しているルノースポーツだけだった。96年初め、早速同社のレース車に当社製VVTを搭載してみたところ、見事優勝。これをきっかけに少しずつ欧州での知名度が上がり、ルノー本社からも製品化受注の依頼が飛び込んできた。
 やがて大きな実を結ぶこととなるベーン型VVTの、これが最初の一歩だった。

歯車型(上)とベーン型(下)のVVT

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