●水面下でのトライが続く

 「正式なテーマではなくなった。でも、このままでは終わりたくない」
 これがメンバーの一致した意見だった。
 「せっかくここまで練り上げてきたのだから、何とか継続したい」
 「しかし、それにはT社の協力が不可欠だ」
 「でも、開発テーマから外されたものに果たして協力してくれるだろうか」――。
 「とにかく一度話をしてみるしかない」と言って交渉にあたったのは、山田だった。
 当社と同じく、付加価値の高い製品を探していたT社は快諾した。
 こうしてライフ&アメニティ技術部・材料技術部・T社の3者が協力し、水面下でのトライが始まった。本来ならありえないことである。しかし、メンバーの情熱を感じとっていたのだろう。正式な開発テーマから外れたとは言え、わずかの可能性でもあればその火を消してはならないと考えていた上司もこれを黙認した。

 大きな成果は4カ月後にあがった。主材料、添加物、合成比率などさまざまなサンプルをつくって評価を繰り返した結果、2001年11月、条件をクリアする材料ができあがったのである。スチレン系エラストマーにオイル(パラフィン系鉱物油)を添加したもので、強度・耐熱性・耐久性をクリアし、ほぼ期待どおりの柔らかさを持っていた。

 一方、もう一つの課題であった弾性体の形状設計にも早くから取り組んでいた。
 ジェルマットレスのように体圧を均一化するためには弾性体の配置密度を上げる必要がある。しかし、それでは使用する材料が増え、コスト高になってしまう。軽量化にも反する。どうすればできるだけ少ない材料で圧力分散性をよくすることができるのか。
 ヒントは何気ないシーンに隠されていた。
 山田が弾性体のサンプルに触っていたときのことだった。サンプルを押す。弾性体だから当然、つぶれて変形する。手を離すと、元に戻る。再び押すと、つぶれて変形する。この瞬間に気づいたのだ。
 「弾性体を押すと、つぶれた分面積が広がるじゃないか」
 つまり荷重が加わると弾性体がつぶれて受圧面積が広がるのである。
 体重分布のうち最も重いお尻の部分の圧力分散を改善すれば、全体として圧力分散性はよくなることはわかっていた。そこで一定の間隔で円柱形の弾性体を配置してやれば、お尻の重さが加わったとき、弾性体の面積が広がり、隣接した弾性体同士がちょうど接したようになる。点から、面全体で体重を受ける形になるのである。人体の凹凸に柔軟に対応して圧力分散性をよくすることができ、しかも使用量も少なくできる。さらに、弾性体を独立配列にすることで、体の動きに対して個々の弾性体が柔軟に変形して追従するため、寝返り時の負荷も少なくなる――。
 のちに「千鳥配列」と呼ばれるようになった新しい構造が誕生した瞬間だった。
 このアイデアは直ちに特許出願された。

 材料と構造は決定した。しかし、まだ大きな課題が残されていた。成形である。柔らかい材料を円柱状に成形しなければならないのだが、高い精度が求められるのである。非常に柔らかいため、部品の寸法精度を出さないと、多数の弾性体で構成されるマットレスに性能のばらつきが発生してしまうのだ。
 射出成形押出成形、そして圧縮成形と考えられる成形法をすべて試したが、射出成形は気泡などによって均一な成形ができず、また設備費や型費用が非常に高額になるため、問題外だった。押出成形は円柱状にすることはできたが、目標の長さに切断できない。ニクロム線でヒート切断したらどうかというアイデアも試されたが、寸法にばらつきが出て、これもNG。
 「凍らせたらどうでしょう」
 「凍らせる?」
 「ほら、食品でも凍らせるときれいに切れるじゃないですか」
 ユニークなアイデアだったが、これもうまくいかなかった。
 最終的に、多数個取りができて、遊休設備が使えるためコストが安く、生産変動にも対応しやすい圧縮成形を応用することで目処をつけた。

 樹脂弾性体の変形する様子
(左:無負荷時、右:荷重負荷時)

   弾性体の千鳥配列

射出成形
加熱・溶融した材料を閉じた金型内に高圧で射出し、冷却・固化させて成形品をつくる方法。複雑形状の製品を、精度良く大量生産できる。

押出成形
加熱・溶融した材料を金型から押し出し、一定断面の製品を連続的に成形する方法。

圧縮成形
計量した原料を加熱した金型の凹所キャビティに入れ、加圧し、加熱して硬化させ成形する方法。

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