●初めての4社協業

 営業も苦労をしていた。それまで経験のなかった4社協業だったからである。しかも、実績の少ないアンテナである。各社とも
 「システムの中でうちはどの部品をやるの」
 という根本的なことから始めなければならなかった。
 プロセスの調整も大変だった。各社とも組織が違うし、仕事の進め方も異なる。とくに他の部品メーカーは普段は競合関係にあるわけだから、営業担当者同士の駆引きもある。見積書1枚書くのでも、技術的な裏付け、評価データや図面、各部品の見積など、揃える資料も膨大である。ここに至って営業部門で電子系部品を担当した営業部のメンバーは決断せざるを得なかった。
 「とにかく走るしかない。手探りでもいいから走ろう」
 その上で、営業チームが基本方針として定めたのは、
 「アイシン精機が持っている技術力を背伸びせず正確に伝え、身のある提案をしていくこと。それによって信頼関係を築くこと」
だった。
 車体系製品の営業を担当した営業部のメンバーも同じ気持ちだった。同じ社内で複数の営業部門が連携するという点でも初めての試みだったからだ。
 「部門を超えたコミュニケーションが不可欠な以上、それを支えるのは信頼関係しかない」
 「その通りだな。大切なのは守備範囲を自分で線引きして決めてしまわないことだと思う。それを防ぐには、専門外の分野でも意見をぶつけあうことだ」

 広い視野から発想し、大胆に意見を戦わせる。技術、営業それぞれの部門の壁を超えて、開発プロジェクトは一歩ずつゴールへと近づいていった。それは協業した会社同士、連携した部門同士での信頼関係が確実に構築されつつあったことを意味していた。

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