●1年半以上にわたる苦闘。カギを握ったアンテナ開発

 もう1つのアンテナ開発がポイントになったのは、スマートキーシステムは電波を利用して、車両とスマートキーの間で情報のやり取りをする双方向通信を基本にしているからである。その要となるのが車両側送信アンテナ技術だった。
 アンテナ開発は、最適な送信周波数を探ることから始まった。電波の周波数として候補に挙げられたのは、2.45GHz帯、300MHz帯、100 kHz帯の3つ。通常、キーレスエントリーの通信では周波数300MHz帯が使われているため、まず同じ周波数の利用を考えた。周波数が高ければ波長は短くなり、アンテナを小型化できるからである。

 アンテナの開発を担当した電子系技術部・虫明もこれでいいだろうと思っていた。ところが、問題が発生したのである。スマートキーを手に持っていたり、胸ポケットに入れているときの実験では問題なく作動する。しかし、スマートキーとの間に障害物があると作動しないことがあるのだ。
 周波数の高い電波の場合、直進性が高いことが原因だった。運転者がズボンの後ろポケットにスマートキーを入れて車両に向かって歩く場合などは人体が障害物となって電波が届かないのである。逆に予想以上に電波が遠くへ飛んでしまうこともあった。
 「周波数を変えるしかない」
 これが虫明たちの出した結論だった。

 セキュリティ性能が求められる商品であるがゆえ、決められた通信エリア(70〜100cm)の範囲内に、確実に電波を飛ばす必要があり、なおかつその範囲内でのみ照合が行われなくてはならない。この厳しい商品特性から、開発チームが次に選んだのは100kHz帯だった。だが、周波数が低いと波長は長くなり、アンテナの小型化が難しくなる。電波の放射効率も悪くなる。商品化するためのハードルはさらに高くなった。

 開発チームが取ったのは2つの対策だった。1つはアンテナの構造を変えること、もう1つはアンテナの数だった。前者では電波の放射効率を上げるためフェライトコアにコイルを巻き、コイルに流れる電流で磁界を発生させるものとし、後者では電波を広い角度で飛ばし、通信性能を向上させるために、アンテナを水平方向軸(水平方向アンテナ)だけでなく、垂直方向軸(垂直方向アンテナ)にも設定した。

 問題はアンテナを2本にしたことで、小型化をさらに極める必要が生じたことだった。狭いドアハンドル内にいかに2軸アンテナを納めるか。開発チームはコイルの巻き方に苦心した。通常、2本のアンテナでは、フェライトコアにコイルを巻いたものが2つあり、各々に給電点がある。しかし、それではスペースが必要になってしまう。そこで1本のフェライトコアと1点給電に集約する方法で打開策を探った。しかし、1点給電にするためには、2つのアンテナを結合させ、コイル巻きを「一筆書き」のように1本のコイルで成立させる必要があった。

 98年暮れ、ドアハンドルがグリップ型に決定したが、その時点でも形状・寸法は未定。その後も開発チームはコイルの巻き方に悪戦苦闘した。さまざまなパターンを考え、山形県にある工作設備メーカーまで出向いて機械を借り、何度もトライを重ねた。朝一番の新幹線に乗り、昼過ぎからトライを始めても午後4時には終えないとその日のうちには帰れない。苦心の日々は3カ月ほど続いた。その結果、99年春、ようやく量産化に対応できる巻き方を見出した。難関を突破するのに1年半がかり。何とか同年7月の最終試作に間に合わせることができたのである。

 こうした苦闘の日々は無駄ではなかった。
 同様のシステムの実用化は、ベンツが99年に開発した「キーレスGO」が世界初だが、送信出力が大きく、日本の電波法に適合していなかったため、販売は欧州に限られていた。また、ドアパネル内に送信用大型ループアンテナが搭載されていたため、当初は車種も限定されていた。
 ところが当社が取り組んだ低周波数の電波を採用したシステムは、世界で最も厳しい日本の電波法に適合するとともに、アンテナ・センサー部を小型化し、ドアハンドル内蔵を実現したため、車種展開もきわめて容易になったのである。

周波数
一秒間に繰り返す波の数のこと。単位はヘルツ(Hz)で表される。

電波法
通信機器で使用できる送信出力は、各国の電波法によって定められている。日本、北米、欧州の順に送信出力の上限が厳しい。

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