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社員インタビュー

ものづくりから、人づくりへ。
いくつになっても夢中になれるものがある。

技術管理部安藤 宰
1975年入社。家庭用ミシン設計を経て、1982年より工業用ミシン設計に異動。1995年からは再び家庭用ミシン設計に戻り、台湾、中国、北米、欧州にて開発活動に励んだ。定年を控えた2011年に技術管理部へ。現在は、新入社員の育成担当として、新しいキャリアを積みながら、趣味のギター、ゴルフ、野菜作りを楽しんでいる。

ミシン設計で築いた、充実の37年。

私たちは、モータリゼーションの発展とともに大人になった世代。時代の先頭を走るクルマは憧れの的で、私も「自動車業界で活躍したい」「たくさん稼いでマイカーを持つぞ(当時の憧れはマークII)」という希望を胸に、アイシンに入社しました。ところが、配属されたのはミシン設計(笑)。以来、ミシン一筋でやってきました。
ミシン設計は、企画から量産、アフターフォローまで携われることが魅力のひとつ。部署にはものづくりが好きな人が多く、時代も時代でしたから、繁忙期にはみんなで夜を明かすことも。そんな日は、23時ごろに係長がみんなを引き連れて自宅に向かうんです。すると奥様が手造りの夜食を用意してくださっていて、それをいただいて再び職場に戻る。こうした上司の背中に仕事への熱意を感じ、若いころは必死で追いかけたものです。また40代には、海外での開発活動をたくさん経験しました。現地へ乗り込み、海外メーカーの技術者と膝を突き合わせて議論をする日々。文化の違いから思うようにいかないこともたくさん経験しましたが、スウェーデンのあるメーカーのOEM製品を手がけた際は、レセプションパーティーで、社長が私のことをプロジェクトのキーマンとして紹介してくれたんです。照れくさくもあり、技術者冥利に尽きる瞬間でした。

ものづくりを楽しむ精神を、次の世代へ。

予期せぬ配属から始まった技術者人生も、振り返れば充実した毎日で、気づけばあっという間でした。50代も後半にさしかかり、定年後のキャリアについて考え始めたころに、「会社に残らないか」と打診がありました。私は常々人を育てることに関心を持っていたので、残るなら若手の育成に携わりたいと志願。そして現在は講師として、主に新入社員研修を担当しています。
新入社員研修では、技術の基礎知識修得はもちろん大切ですが、まずはものづくりの面白さを若い世代に伝えることがコンセプト。例えば、ミシンの技術を応用して、ドミノを等間隔に並べる装置をつくらせて、どの班がドミノを多く倒せるか競わせたりしています。図面はあえて手書き。自らの手で無から有を生み出す喜びを、色濃く伝えたいからです。はじめは戸惑いを示していた新人達が、いい表情に変わっていく様子を見ると、やりがいを感じますし、反対に、どうすればものづくりへの関心を高められるのだろうと悩むこともあります。ミシンと違って人が相手となると、なかなかこちらの設計通りにはいかないものですが、そこがまた人材育成の面白さ。まだまだ充実した日々を過ごせそうです。

オーバー60のバンド
「CGSアンサンブル」を結成。

プライベートでも新しいことに挑戦しようと、60歳が間近になった頃、学生時代から切望していたホセ・ラミレスのギターを購入。アイシンやデンソーの先輩と4人でバンドを結成しました。バンド名は「CGS」。それぞれが演奏する楽器であるチェロ・ギター・尺八の頭文字を取って名付けました。CGSの主な活動は、年1回、公民館で開催するコンサート。クラシックから青春時代のフォークソングや童謡まで、バラエティーに富んだ曲を披露しています。最近は、メンバーの1名が故郷の岐阜に戻ってしまい、トリオバンドで活動中。CGS最年少メンバーとして、これからもひと味ちがった演奏を深めていきたいと思っています。

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